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2014年3月

2014年3月23日 (日)

春の彼岸

春分の日を含めた三連休、墓地や霊園近くの道路はどこも混んでいる。

よく近くを通る「谷中の墓地」周辺も人が多く、墓々にも花が飾られている。

秋の彼岸から半年、友愛会の利用者の中でも数名の方が旅立たれた。

ある方の遺骨は親族に引き取られ、ある方の遺骨は友愛会で使わせていただいているお寺の共同墓地に。

彼岸は、日本独自の風習である。

春分・秋分を中日とした前後3日7日間の仏事。

最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」あるいは地域によって「はしりくち」と呼ばれている。

浄土思想で信じられている極楽浄土は西方の遙か彼方にあると考えられている。

春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりとのことである。

墓参りに行けずであったが、夕方、日の沈む西の空に手を合わせる。

皆、極楽浄土で穏やかにしていますようにと。

Photo

2014年3月19日 (水)

桜前線そろそろ

どこの施設や介護現場・支援現場もやっているでしょうが、友愛会でも毎年お花見をしている。

アルコール依存症の方などがいたり、糖尿病の方などがいたりですので、自由に飲み食いしながらの宴会とはいきませんが、それでもゴザを敷いて、桜舞い散るところでゆったり過ごしています。

とかく、「花より団子」な昨今の花見に対して、「団子より花」な花見でしょうか(^_^)

毎年、花見を楽しみにしている長年の利用者さんも幾人かいます。

印象深いのは、4年前に亡くなったAさん。

花見はいつだと年中言っていました。

そして、毎年車いすで花見をしていると、「今年が最後だろ~なぁ」と決まり文句。

悔やまれるのは、亡くなった年の花見は、本人の体調が芳しくなく、見に行けなかったこと。

花見だけでなく、毎日の生活やちょっとした行事に、もしかしたら、一人ひとりの方の一人ひとりの楽しさや、微笑みや、思い出を作れるかもしれないと思えば、毎日が珠玉の時間と思える日々である。

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2014年3月 9日 (日)

ある山谷の労働者の記憶

3月10日は東京大空襲があった日である。

現在の山谷地区、友愛会がある辺りも焼夷弾のじゅうたん爆撃で焼け野原になったと聞きおよぶ。

山谷地区からほど近くに台東区と墨田区を分けている隅田川にかかる言問橋がある。

大空襲によって両岸から逃げてきた人たちが橋の上で重なり、身動きが取れなくなり焼ける人、川に落ちる人、押しつぶされる人…。まさに地獄絵図となった。

戦争の悲惨さを否が応でも感じる話である。

そんな3月10日、あまり知られていないが、東京での攻撃を終えたB29は、帰路に福島県の平市(現在のいわき市)でも焼夷弾を降らせていった。

平市での空襲では500棟以上が焼け、亡くなった人もいた。

この平市に当時住んでいた方が以前友愛会の宿泊所を利用していた。

戦争で両親を亡くし、兄弟はばらばらとなって、身寄りなくバタヤ(屑ひろい)を続け、その後は山谷の労働者として生きてた人であった。

「焼夷弾ってのは怖いなぁ。みんな燃えちまう」

「あの戦争がなかったらこんな人生じゃなかったのかもなぁ」

言葉数すくない方だったが、そんなことを話してくれたことがあった。

少し前まで、山谷の労働者の中にはそんな人生を歩んできた人も少なくなかったように思う。

あの戦争から時代は何度か変わってきている。

そして山谷も変わっていっている。

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