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2014年5月

2014年5月31日 (土)

夫婦のかたち

夫婦のかたちには色々ある。

百組あれば百通り。

友愛会に夫婦で入居するご夫婦は、つかず離れずの関係。

旦那さんは体調芳しくなく、先日も入院した。

高熱も出て、正直もうダメかもしれないと心配するほどの状況だった。

奥さんは、普段は旦那さんにつっけんどんな感じ。

ほったらかして自分のことばかり。

そんな奥さんも様子が変わった。

様子が変わったのがまわりから見ていてわかるのだが、それでも病院に見舞いに行くことはなかなかしない。

スタッフによっては、その態度を冷たく感じた者もいたかもしれない。

旦那さんはある程度回復し、友愛会に戻ってきた。

奥さんは、変わらぬそぶりでありながら、表情が和らいでいる。

そして、また相も変わらず自分のことばかり(を装っているのだと思う)。

私たちが知っているこのご夫婦は、彼らの歴史のほんの数ページ。

色々なことがあったのであろう。

路上生活も長らく経験した二人である。

何も分からないし、何も言えない。

ただ、この夫婦の「夫婦のかたち」も私は好きである。

2014年5月21日 (水)

第3回学習し直し会のお知らせ

特定非営利活動法人 友愛会

3回 学習し直し会

テーマ パーソナリティ障がいについて知ろう

 

 3回の学習し直し会のテーマは、パーソナリティ障がいです。職場のつきあいでも、ご近所づきあいでも、対人関係に悩むことが増えているという声が多々聞こえます。もちろんすべての場合ではありませんが、そんな影にパーソナリティ障がいが潜んでいることもあります。すべてを障がいか否かとして見るためではなく、人づきあいの中で自分も相手も疲弊しないためのヒントを一緒に学習しませんか。

 

【学習の案内役】 吐師(はし)秀典(看護師・保健師)

【日 時】 201467()18:30

【場 所】     訪問看護ステーションゆうあい

         (台東区清川2-2-3)

【会 費】     200(資料代・飲物代)

【申し込み】   TEL :03-5603-2829

FAX :03-5603-2836

       e-mailhashi@you-i-kai.com

        ※当日参加も可能です。

2014年5月14日 (水)

単直な反応への危惧

Roujin_haikai_man

5月11日に放映された『NHKスペシャル<“認知症800万人”時代>行方不明者1万人~知られざる徘徊の実態~』を見た人も多いだろう。

先月来、認知症による徘徊などが理由で行方不明になっている方が1万人近くいて、そして200人に及ぶ方が身元不明のまま高齢者施設などで保護されているという報道が世間を騒がせている。

こういった状況は、今に始まったことではない。

友愛会では活動開始以来、このような身元不明の方を数十人預かってきている。

認知症だけではない。

生活史健忘(俗に言う「記憶喪失」)の方や、知的障がいによる身元不明の方もいる。

こういった報道が盛んになることで危惧するのは、世論が極端に反応してしまうのではないかと言うこと。

もちろん、行方不明の問題だけでなく、交通事故などで亡くなってしまう方も多い現状があり、決してこのまま静観してよいことではない。

ただ、「行方不明をなくすために」「事故がおきては困るから」といった理由が、「監視しなくてはいけない」「監視できる施設に預けるべきだ」といったように、単直に「措置・収容・管理」的な発想につながるのではないのかと危惧するのである。

ただでさえ、「認知症による症状」への理解は不十分だと思える中で、予防という大義名分を盾に、できることまで抑制するようなことにはなってほしくない。

認知症=徘徊ではないし、徘徊=危険ではない。

その人その人の現状を感じ考えられるためにも、より確かな「認知症への理解」を広めていくことが何よりも急務だと思う。

 

2014年5月 3日 (土)

無題

やせ細り、

歩けなくなって、

身寄りもなくて、

行き倒れる。

そして、警察に保護され、友愛会に預かりの依頼がくる。

医療的なケアは拒否し、生活保護を受けるための手続きも拒否し、友愛会の宿泊所にいることも拒否する。

「駅に連れて行ってくれたら行きたいとこに行く」

それだけを繰り返す。

障がい性はあると思うが、そのための拒否の姿勢ではないと思う。

頑なである。

その人のペースに合わせようと待っていても、衰弱していく姿に、私たちは焦りを隠せなくなる。

それは不本意ながら、その人の頑なさを増すこととなる。

分かっていても、隠そうとしても、悟られる。

そして自分たちの非力を感じる。

状況を知った人がこう言う。

「本人がそういってるんだから好きにさせればいいんだ」

その通りであろう。

その人の人生はその人が選ぶもの。

それはどんな結果を予測されたとして、周りが強制するものではない。

それをわかっていても、それが分かっているから、いつもさいなまれる。

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